私、『怪談を千話集める人』が独自に収集した実話怪談です。
全国様々な人から実際にお話を聞いて書き綴った話でございます。
恐ろしい話、不思議な話、理解不能な奇妙な話……。
多種多様な怪談を取り揃えております。
youtubeでも公開しております。どうかごゆるりとお楽しみください。
※無断転載はおやめください。発見次第厳重に対処させていただきます。
峠の看板
三十年ほど前、裕二さんがツーリングの最中に体験した話である。
都市圏から一日かけて東北にやってきた裕二さんは、雄大な自然に囲まれた山道を大型バイクで攻めていた。はじめこそ楽しく走っていたが、次第に道の幅は狭くなり地面もスリップしやすい砂利交じりの道へと変わってきた。
しばらく注意深く走りながら休める場所を探していると、道の先に小さな木の看板が立っているのが見えた。
(喫茶店でもあるのかな?)
おそらく手作りであろうその看板には、外国語で書かれた店の名前と「軽食 コーヒー」の文字、そして右向きの矢印が書かれていた。
確かに脇には小道が伸びており、バイクで行けないことはない。しかし、結局裕二さんはその店に寄ることなくその場を後にしたそうである。
看板はなぜか卒塔婆で作られていた。
まがいもの
修司さんが小学生の時に体験した話。
その日、友人と遊ぶ約束をしていた修司さんは、学校から家に帰るとすぐに、自室にランドセルを放り投げて、ゲームのコントローラーを持って玄関へと向かった。
急いで靴を履いていると、台所の方から母親の声が聞こえた。
「遊びに行くの?」
母がパートから帰ってくるのはいつももっと遅い時間だった。それに、修司さんも母も関西人であり、標準語を話す母に違和感を覚えた。
「おやつがあるわよ」
いつもだったら「おかえり」しか言わない母が妙にやさしく語りかけてくる。
「ええよ、今から友達の家に行ってくるから」
そう言って家を出ようとしたが、また母が呼び止めてくる。
「修司、おいでったら」
母は修司さんのことをいつも“シュウ”と呼んでいる。
「早くおいで」
困惑しながらも修司さんは一度台所へ行くことにし、靴を脱ごうとしたときだった。
「ただいまあ」
目の前の玄関のドアが開き、母親が帰ってきた。
「あら、シュウあんたどこいくん? 友達んとこ? 宿題も持ったん?」
そう言いながら母は台所へと向かったが、そこにはもう何もいなかった。
合わせ鏡の部屋
未来さんという女性が働いていたラブホテルでは、四〇五号室の清掃は必ず二人で行うという暗黙の了解があった。
「別に建物も古いわけじゃあないし、内装も綺麗なんですけど」
その部屋は洗面所とバスルームの鏡が なぜか向かい合うように設計されており、風呂場の扉を開けると二枚の鏡がちょうど合わせ鏡のようになるのだという。
「四っていう数字は縁起が悪いから、ホテルとかマンションって四〇四号室が無い場合が多いんですよ。だから、四〇五号室って本来は四〇四号室だと思えて、なにか気味が悪いんです」
その部屋はなぜかお客さんがほとんど利用せず、週末だろうがクリスマスイブだろうがいつも空室で、稀に初見のお客さんが利用しても、皆一時間もせずにチェックアウトして帰ってしまうのだという。
「二年前に馴染みのお客さんが四〇五号室を利用したんですけど、チェックインしてすぐに『悪いけどキャンセルさせて』って帰っていったんです」
その方は彼女と一緒にその部屋に泊まろうとしたのだが、彼女がバスルームに入った途端泣き出してしまい、やむなく帰ることにしたのだという。
「わたし鏡に変なものでも映ったのかって心配だったんですけど、全然違うって言われて」
その方曰く『何も映らなかった』そうなのだ。
「普通は彼女さんが二枚の鏡に何人も映るはずなんですけど、誰も映ってなかったって、ただ無人の洗面所が無限に映っているだけで、彼女さんがどこにもいなかったって言うんです。それからですね、二人で掃除するようになったのは」
大阪のホテルでの話である。
写真
カメラが趣味の真悟さんは週末になると車で遠出し、山の風景や野鳥の姿をフィルムに収めていた。
「毎回何百枚って写真を撮っていると、心霊写真のようにおかしなものが写ることもあります。でも、それはあくまで、光や影が人間の顔や手のように見えているだけで、目の錯覚にすぎないんですよ」
しかし、そんな真悟さんでも、一枚だけどうしても理解しがたい写真が撮れたことがある。その写真は彼が自ら撮った覚えもなく、なぜかカメラのデータにいつのまにか入っていたというのだ。
「気持ち悪いからすぐ消しちゃいましたけど、こんな写真撮った記憶もないし、大体こんなもの撮ろうとも思わないでしょう」
最初見たときには、何が写っているのかわからなかったらしく、写真全体が灰色に覆われており、左上に黒い文字のようなものが見えるだけだった。
結局真悟さんは、その写真が何なのかわからずにいたのだが、しばらくして妻がその写真を見たときに初めて、それが至近距離で撮られた誰かの墓石なのだと気づいたそうである。
いつどこでなぜそのような写真が撮れていたのかは、今でもわからない。
早朝の駅
高校生の大地さんが、部活の大会に行くために駅のホームで電車を待っているときだった。
本を読みながらベンチに座っていると、コツコツとハイヒールの音を立てて女性が一人やってきた。その女性は全身黒い服に身を包み、顔は黒いベールで隠している。
ホームには大地さんとその女性だけしかいない。
しばらくして電車が到着し、大地さんが電車に乗ろうとすると、先ほどまでいた女性がどこにも見当たらない。いつの間にかホームから姿を消しており、車内にも乗っていなかった。妙に思いながらも大地さんは電車に乗り席に座った。
その後、大地さんが下車するまで全ての途中駅のホームにその女性が立っていた。
野営
キャンプが趣味の高橋さんの楽しみは、遠出した先で野営をすることだった。管理されたキャンプ場では味わえない、緊張感や解放感を堪能するのが好きなのだという。
ある日、山の中一人テントで眠っていた高橋さんは、不審な物音で目を覚ました。時刻は午前二時、手探りで手斧を探しながらゆっくりと起き上がり、息をひそめて外の音に耳を澄ませた。確かに遠くに物音が聞こえるのだが、どうもそれが獣のものとは思えない。ザクザクと砂利の上を靴で歩くような音がする。
(人間……?)
高橋さんにとって、野営中に獣の気配を感じるということは、決して珍しいことではない。むしろこのような深夜の山の中では、人の気配を感じることの方がよほど恐ろしい。
高橋さんは手斧を片手にしばらく様子をうかがっていたが、音はだんだんと近づき、次第に別の音も聞こえてきた。キイキイという金属音や、コツコツというハイヒールで、タイルの上を歩くような音もする。
(何がいるんだ……)
それらはしばらく辺りをうろついた後、どこかへ去っていったのだが、初めて遭遇する得体のしれない何かに、高橋さんは日が昇るまで緊張と恐怖で眠れなかった。
翌朝、テントの外に出て辺りの様子を確認すると、そこにはやはり人がつけたような足跡が数点と、なぜか車いすを引いたようなタイヤの跡が地面についていた。
空き店舗
近所にあった学習塾がつぶれた。
看板も外されて中には机も椅子も何もなくなって、「テナント募集」の張り紙が貼ってある。
ある日の深夜、その店舗の前の道を通ったときに、中に体育座りをして奥の壁を眺めている子どもがいるのが見えた。
中学生くらいの女の子だった。
ラブホテルにいた子ども
十年前、彼女と初めてラブホテルに行った佐藤さん。
受付で部屋を決めると、二人で手をつないでエレベーターに乗った。
ドキドキしながら目的の階に到着し佐藤さんが廊下に出る。
(えっ……)
廊下の奥に子どもが立っていた。七歳くらいの男の子がぼーっと暗い廊下に立っている。
その子は佐藤さんに気づくと、ぐにゃりと体を歪ませて液体のようにスルスルとドアの隙間から部屋の中に入っていった。
佐藤さん達の隣の部屋だった。
中古雑誌
ネットオークションで古い漫画雑誌を買ったカズヤさん。
二十年も前のその雑誌は「汚れも少なく良品」と紹介されていたにもかかわらず、実際に届いた品は汚れやシミが目立ち、状態はお世辞にも良いとは言えなかった。年代を考えたらこれくらいは妥当なのかもしれない。カズヤさんは気にせずに読むことにした。
懐かしい思いに浸りながら表紙を開き、一ページずつ読み進めていると、途中で一枚の紙が挟まれているのに気付いた。
四つに折られ、色は変色し大分古いものだとわかる。開いてみると、そこには五十音と鳥居が描かれており、その周りに赤黒いしみが点々とついていた。
気持ち悪くなって、その日に雑誌ごと捨ててしまったそうである。
気のせい
悠真さんがあるホテルに彼女と泊まったときの話。
別にいわくつきでも、事故物件というわけでもない普通のホテル。内装も綺麗だったが、部屋に入ってすぐになにか嫌な感じがした。
シャワーを浴びて、洗面所の鏡の前で歯を磨いているときだった。
うつむいて水を吐き出し顔を上げると、一緒に歯を磨いていた彼女が驚いた顔をして固まっている。
何があったのか訊くと、悠真さんが顔を上げる瞬間、鏡に映っている悠真さんの方が、わずかに早く顔を上げたのだという。
その後すぐホテルを変えた。
恐怖症
アサミさんが小学生のときのことだ。
学校帰り、友達とおしゃべりをしながら住宅街の路地を歩いていると、目の前にフワフワと何かが浮かんでいるのが見えた。
近づくとそれはひものついた赤い風船で、ちょうど二人の目の高さで浮いている。友達が触ろうとした瞬間、風船がパンっと破れて、中から赤い塊がベチャッと地面に落ちた。
(なにこれ、気持ち悪い……)
アサミさん達は怖くなり、落ちた何かの正体を確かめることもなく急いで家に帰った。
その夜、偶然なのかテレビのホラー特番で赤い風船を持ったピエロの映像が流れ、それ以降アサミさんはピエロが怖くて仕方がなくなってしまったのだという。
苦情
ホテルで働いている晋さんのもとには、時々お客さんから奇妙なクレームが来る。
その日は若いサラリーマン風の男から「部屋の中から女の笑い声がする。怖いから部屋を変えてほしい」とクレームがあった。すぐに対応し別の部屋を用意した晋さんだったが、今までその部屋に泊まったお客さんからそのようなクレームを受けたことは無かったらしい。
「今まで女の笑い声が聞こえるなんて言われたことが無かったので、正直驚きました。『幼い子どもの泣き声がする』ってクレームなら何度も受けてきたんですけど……まあでも僕はそういうのは視えないし聞こえないから関係ないですけど」
今でもその部屋では、時折宿泊客からクレームが来るそうである。
騒音問題
ある男性から聞いた愚痴。
最近は子どもの遊ぶ声を「うるさい」って苦情を入れる人がいるらしいけど、そんなのしようがないじゃないか。
元気な子どもの声が迷惑だって? 昔からそうだろう、あんた達がガキの頃はうるさくなかったってのか、俺はそんな口うるさい老害にはなりたくないね。
確かに子どもの声はうるさいよ。俺だって小学校のすぐ近くに住んでいて声もよく聞こえるけど、それでも苦情を入れるなんて一度もしたことはない。
大体この類の文句を言っているやつらが困っているのは昼間だろう。俺は夜だよ夜、しかも夜中に学校から子どもの歌声が聞こえてくるんだよ。
真っ暗な校舎から毎日毎日……苦情なんか言えるわけないじゃない。
だから我慢してるんだ。
捨てた理由
ある男性から聞いた話。
日本人形ってさ、たくさん種類があるんだよ。ホラー映画に出てくるようなおかっぱのやつだけじゃなくって、全国各地にいろんなのがあってさ、形も違うんだ。うちにもあったよそれっぽいのが、何人形かは知らないけど。
正直不気味だったよ。動いたり髪が伸びたりはしなかったけど、質感がリアルで表情も怖いんだ。ばあちゃんが大事にしてたから、なかなか捨てらんなくてね。
でも、5年くらい前に神社に預けたんだよ。
なんでかって?
『連れていけ』って言われたんだよ。
誰に?
"本人”だよ。
その人形はお焚き上げをされて、今はもうこの世にはない。
電話ボックス
麗奈さんの通っていた大学の近くには、女の幽霊が出るという噂の電話ボックスがあった。
ある日の深夜、バイト終わりにその道を通ったときのこと、怖がりな麗奈さんは電話ボックスを見ないように急いで自転車をこいでいたのだが、ほんの一瞬、うっかり横目で見てしまった。
例の電話ボックスの中に長い黒髪の女が何人もびっしりと入っていた。
それ以来、卒業するまで一度も夜にその道は通らなかった。
2夜道
遠藤さんは数年前妙なものを見た。
仕事帰り、駅を出てしばらく歩くと人気のない路地に入るのだが、そこは大きな墓地に面しており夜は不気味で怖かった。
ある日の夜、その道を歩いていると前方から誰かの足音が聞こえた。前を見ると、ランドセルを背負った小学生と思しき男女五人組が、こちらに向かって歩いてきている。体操着に黄色い帽子をかぶっており、うつむきながら一列に並んで歩いてくる。
(こんな時間に子どもが……?)
その子たちは墓地の入り口まで来ると、すっと向きを変えて、そのままぞろぞろと墓地の中へ入っていった。
(こんな夜に怖くないのか?)
不審に思った遠藤さんは、入り口の前まで行き、中を覗いてみたのだが、子どもたちの姿がどこにも見当たらない。わずか数秒の間に忽然と消えてしまった。
遠藤さんは転職して引っ越すまでの間、その子達を数回見たのだという。
カメレオン
地方のショッピングモールに買い物に行っていた須藤さん。店内を歩いていると「ねえねえあれ見て」と一緒にいた彼女に手を引かれた。
彼女が指さした方を見ると、映画館の横の壁になにかが動いているのが見える。
よく見るとそれは人の形をしており、背景の色と体の色が同化してまるで透明人間のようだった。
気になった二人が近くへ寄ろうとすると、それは一瞬こちらに気づいたようなそぶりを見せた後、まるで壁に吸い込まれるように姿が消えて完全に見えなくなってしまった。
壁まで行って見てみたが、どこにも隠れる場所や入る隙間は無かった。
彼女は未だにそれを未来人だと言い張っている。
冷蔵庫
趣味のロードバイクで遠出をしていた加藤さん。
その日は茨城県の大洗まで海を見に行った帰りだった。
車通りの少ない田舎道を走っていると、道端の林の中に不法投棄された冷蔵庫が落ちているのを見つけた。
だいぶ前に捨てられたものなのか所々錆びついてボロボロになっており、蓋も開け放しになっている。
加藤さんが通り過ぎようとした瞬間、冷蔵庫の中からすっと白く長い手が出てきた。
(人の腕!?)
加藤さんが振り向くとパタンと冷蔵庫が閉まった。
引き返して足で蓋を開けてみたそうだが、中には何も入っていなかった。
不思議に思いながらも加藤さんは家に帰ったそうである。
映画館
何年も前に映画館でアルバイトをしていたUさんという男性から聞いた話。
彼の働いていた映画館には従業員の間で有名な幽霊がいた。
上映後に館内に入って清掃をしていると、最後部の座席にぼーっと人影が現れる。ゆっくりと浮かびあがったその影は数秒間立ち尽くすと、いつしか煙のように消えていく……
後に先輩から教えてもらったのだが、それは決まって主人公が亡くなる作品が上映された時にだけ現れるのだという。
人違い
五年ほど前、圭太さんが仕事を終えて深夜に家に帰ってきたら、なぜかリビングにゴールデンレトリーバーがいた。
その犬はしばらく驚いて固まった圭太さんを見つめた後“わんわんわん”と、三回吠えて消えていった。
なんだか「ありがとう」って言っているような気がしたのだというのだが。
圭太さんは犬を飼ったことは無い。
残業ルール
雅也さんの勤めている会社には、絶対に守らなければならない決まりがある。
それは“夜中にお菓子を食べてはいけない”というものだ。
弁当やカップラーメンは食べても問題はないのだが、お菓子だけは絶対にNGで、甘いものは特に厳しく禁止されている。
その決まりを守らないと、オフィスにお菓子を欲しがる子どもが出るので、たとえ夜中戸締りをしていてもお菓子は食べてはいけないのだそうだ。
みえる
この前、久しぶりに実家に帰って家族でご飯を食べた。
酔っぱらった父さんが。
「もう覚えてないかもしれないけど、お前が小さいころ、よく” 赤い人がいる“って、窓の外を指差してわんわん泣いてたんだぞ」って懐かしそうに話してた。
ごめん……悪いけど
今もはっきり見えてる。
廃墟にて
昔、廃墟で妙なものを見た。
廃墟マニアってわけでは無いけど、全国の色々な場所に行ったことがある。
その日は北関東の山の中まで行って、空が暗くなる前にたまたま見つけた場所だった。
付近には民家も何もない。
おままごとをしてた。
四五歳の男女が二人で、ぼろぼろの食器を使って……
音を立てたら気づかれた。
慌てて逃げた。
三十年くらい前の話。
時計
俺の腕時計はどうも頻繁に壊れる。
今度は壊れにくいやつをホームセンターで買ったというのに、今回は三時三十三分、その前は二時二十二分、その前は一時十一分、次は多分四時四十四分……
とりあえず安い腕時計を新しく買って、しばらくつけて生活した後に適当な時間でぶっ壊していったんリセットした。
これで当分の間は平気だろう。
罠
二十歳の頃、大学に行く途中だった。
交差点で信号待ちしていると、向かいの歩道に綺麗な女性が立っているのが見えた。歳は二十代後半くらい、赤い口紅に白い肌、すらりとした大人の美女。
目が合った。
女性はにこりと笑うと、急に全速力で道路に飛び出してきた。
轢かれると思った瞬間、目の前を数台の車が通り過ぎ、女はかき消されるように消えた。
信号は赤のまま。なぜかきつい香水の匂いが漂ってきた。
その日、その場所で事故は無かった。
日記
以前、汚部屋清掃の仕事をしていた。
亡くなった方の家に行ってゴミを片付けるんだけど、時々お金とか腕時計とかが出てきてさ「臨時ボーナス」って言って皆持ち帰ってたんだよ。
仏さんは見たことないよ。幽霊も。だけど、一度変な日記が出てきたことがある。
中年男性の部屋だった。日記には途中まで「お金が無い」とか「寿司食べたい」とかそんなことが書いてあるんだけど、途中からなぜかひらがなが増えていって、何故か最後は『あれ へやきた きた じゅんばん しし いきたくない しし』みたいなので終わってた。
意味わかる? 俺はわからん。
黒炎
ある日、夜中に目を覚ましてしまい、何か飲み物を取りに台所まで行った。
居間に入ったとき、ソファーとテレビの間に黒いモヤのようなものが浮かんでいるのが見えた。メラメラと燃えるように揺らめいて、中心にはより一層黒い玉のようなものも見える。五秒程でそれは燃え尽きるように消えた。
怖くはなかった。
その日は嫌いな父の命日だったが、おそらくなにか関係があるのだろう。
素体
昔、友人と心霊スポットの廃神社に探検に行ったことがある。
懐中電灯を持ってしばらく建物の周りをうろうろしていたのだが、帰り際、友人の一人が何かに気づいて声を上げた。友人が指をさす方を見ると、白いモヤがいくつかふわふわと空中に漂っている。皆が固唾をのんで見ていると、次第にそれらが一つ二つと神社の屋根の上に集まり、次第に混ざり合って何かの形に変化してきた。やがてバスケットボールほどの大きさになると、すっと屋根の中に吸い込まれるように消えていった。
それが何に見えたかは皆様々で「大きな眼球」や「ぼこぼこと沸騰する液体」に見えたらしい。
ちなみに俺には「丸まった胎児」に見えた。
犬は飼えない
我が家では犬を飼えない。
以前夫に「犬を飼いたい」とお願いしたのだが「絶対に無理だ」と断られてしまった。
理由を聞いたら「俺の家ではなぜか犬の死期と身内の死期が重なってしまうので、人より寿命の短い犬は飼えない」と言われた。
夫は嘘も冗談も言わないまじめな人なので、しかたなく信じることにした。
今は猫を飼っている。
食卓
子どもの頃、廃墟の一軒家に忍び込んだ時、テーブルの上に湯呑に入ったお茶が置かれていたことがあった。
熱かったから、急いで逃げた。
終点
去年の年末、電車の中で寝過ごして終点まで行ってしまった。
「もしもし、終点ですよ」
「早く降りてください」
駅員の声で目が覚め、慌てながら急いで電車を降りようとしたら「お化けが出るから早くした方がいいですよ」って笑いながらその駅員に言われた。
愛想笑いをして足元の荷物を取り、すぐに顔を上げたら、目の前にいた駅員が消えていた。
急いで駅を出た。
井戸
先日、実家に帰ったときに親父から「井戸にいたずらをされた」という話をされた。
なんでも、数日前の深夜、ガリガリという音が庭から聞こえるので、懐中電灯を持って外に出ると、裸足の足跡と暗がりに消える若い女の姿が見えたのだという。
「それで井戸のふたが割れてて中に落ちちまってたんだよ」
確かに分厚い石のふたは割れて井戸の中に落ちていた。
女の正体はわからなかった。
痛み
俺が結婚する前のある日、一人暮らしをしていたアパートで深夜足の痛みで目が覚ました。
左足のすねの中心部がじんじんと痛み、手でさすると違和感を覚えた。
明かりをつけてズボンの裾を上げると、痛みのある場所に人間の歯形がくっきりとついていた。
小さかったから、多分子どものだったと思う。
エレベーター
友人のマンションへ遊びに行ったときのこと
エントランスでエレベーターのボタンを押すとすぐに扉が開いた。
中には誰もいない。
友人が住んでいるのは七階、スマホを見ながら上がっていると、4階で扉が開いた。
しかし、誰も乗ってこないのでしかたなく(閉)ボタンを押そうとすると、背後から女が通り過ぎて降りて行った。
それ以来エレベーターでは壁を背にして乗るようにしている。
放課後
二十数年前、落合さんという男性が小学校で働いていたときのこと。
夜の九時まで教室で仕事をした後、職員室に戻ろうと階段を下りていると、廊下の奥の真っ暗な教室の方からいるはずのない子どもたちの声が聞こえてきた。
おそらく六年生の声、仰げば尊しを歌っていた。
誰かがテープを流しているのかとも思ったが、同僚はもう皆帰宅している。それに、歌声も抑揚が無くなにかお経のように聞こえる。
怖くなった落合さんは、「過労による幻聴」だと言い聞かせてその夜は帰宅した。
映画デート
十年位前、彼女と映画を観に行った時のこと。
その日に見た映画が正直あまり面白くなくて、他にお客さんも一組しかいなかった。退屈でずっとジュース飲んでいたら、途中でトイレに行きたくなったので一度シアターの外へ出た。
用を足して戻ってきたら、何故か館内にたくさん人が座っていた。
場所を間違えたと思い、再び外に出て番号を見直したが、やはりあっている。
もう一度中に入ると人はいなくなっていて、彼女が一人でポツンと映画を観ていた。
俺達の他のもう一組のカップルも、なぜかいなくなってた。
カンニング
その日ユウさんは大学の期末試験日だった。
後方の席に座って試験を受けていたユウさんが、途中時計を見ようと顔を上げた時、前方の席に後ろを向いている女が見えた。
カンニングが疑われるような行動も許されないというのに、堂々と辺りを見渡している。
何がしたいのかわからない。教授を呼びたいなら手を上げればいいのに……そう思いながらユウさんはまたテスト用紙に目を向けると、問題にとりかかることにした。
数分後、再び時計を観ようと顔を上げると、その女はまだ後ろを向いて教室を見回していた。しかし、どうしたことか教授や他の学生たちはその女に気づいていないのか、全く気にするそぶりも無い。
気になってその女を注視していたユウさんだったが、ふとあることに気づいた。
女の顔は真後ろを向いているが、体はまっすぐ前を向いている。後ろを向くのなら体は半分こちらを向くはずだ。
(目を合わせない方がいい)
そう思ったユウさんはそれ以降時計を見ずに試験を進めていると、やがて試験を終えて帰りだす学生が現れた。恐る恐る顔を上げて見ると女はもう姿を消していた。
「他にその女を見たという人はいなかったのですか」と私が尋ねると。
「当時ボッチだったので、誰にも聞けませんでした」と申し訳なさそうに言われてしまった。
タイムカプセル
教員をしている河野さんという男性から聞いた話である。
ある日河野さんは、校舎裏の隅でビニールに包まれた何かを見つけた。それは土のなかに埋められており、ノートの切れ端が数枚と髪の束が入っている。紙はそのほとんどが変色したり腐って解読はできなかったのだが、一枚だけダメージの無いきれいな手紙が残っていたので読んでみた。
内容は(おそらく)女の子が書いたであろう罵倒と恨みのこもった言葉の数々だった。それは同じクラスメートの女の子に対するもので、書き殴るようにびっしりと埋め尽くされている。文脈から察するに失恋からの逆恨みかと思われた。
とにかく気持ちが悪いのですぐに処分してしまったそうなのだが、いつ誰が何のために埋めたのか、河野さんには知る由もなかった。
火遊び
Uさんという男性が子どもの頃の話である。
その日は友達と人けのない公園の隅で火遊びをしていた。
拾ったライターでバッタや草を燃やしたりして遊んでいたのだが。
「木を燃やそうぜ」
友達の一人がそう言うと、近くに落ちていたタバコの箱ほどの木片を拾って火を近づけた。すると、木片はボッと音を立てて急燃焼し、モクモクと黒い煙を上げながら「ヒイィィィィ!」と、女性の悲鳴のような不気味な音を立てて燃え尽きた。
そのせいで大人に見つかりひどく叱られたのだが、今では大火事にならなくて良かったと思っているそうである。
写真の女
Mさんにはカメラが趣味の彼氏がいる。いつも久しぶりに会うときは、彼の撮った大量の写真を見せられるらしい。
ある日、いつものようにMさんが彼の撮った写真を見ているときだった。友人と一緒に行ったという旅行先の風景、その中のある一枚に知らない女性が写っていた。青い服を着た若くきれいな人で、まるで彼を見つめるようにカメラに向かって微笑んでいた。
彼に問いただすと「誰も写らない様に注意して風景を撮ったはずなので、そんな写真がある事自体あり得ない」と言われてしまい、喧嘩になった。
もしかしたら旅先で出会った女の人と一緒に遊んでいたのではないか。
そう思ったMさんが他にも探してみると、その女が写ったもう一枚の写真を見つけた。
頭と顔が半分えぐれたその女を見て、結局浮気の線はなくなったそうである。
ウサギ小屋
二十年以上前に、Sさんという女性が体験した話である。
Sさんの通っていた小学校には、校庭の隅にかつてウサギを飼っていた小屋があったのだが、何年も使われずにボロボロのまま放置されていた。
中には雑草が茂り南京錠は黒く錆びて、子どもたちもめったに近寄らなかった。
ある日、掃除中にSさんがゴミを捨てに校舎裏へ行こうとした時、ウサギ小屋の中に人が立っているのが見えた。
ボロボロの服を着た女がこちらを見ている。何かを言っているのか、口がパクパクと動いていた。
気味が悪いと思ったSさんは、急いでゴミを捨てると、遠回りをして教室に戻った。
先生にそのことを話すとすぐに様子を見に行ってくれたのだが、小屋の中には誰もおらず、そもそも南京錠は施錠されたままだし、他に侵入できるような隙間もなかったので結局女の正体はわからなかった。
それから程なくしてウサギ小屋は解体されてなくなったのだという。
旧友からの電話
ある日、ユウリさんという男性の携帯電話に一本の電話が掛かってきた。
「……もしもし、イイダですけど」
イイダ君は小中学校の時のクラスメートで、声を聞くのは九年ぶりだった。当時は特に仲がよいというわけでもなかったので、突然の電話に大変驚いた。
戸惑いながらも挨拶を交わすと、イイダ君は「元気?」「最近何してるの?」と、よそよそしくもなく自然に話してくる。
宗教の勧誘か、それともマルチ商法でも勧める気か、ユウリさんは要件を聞こうとしたのだが。
「キミの部屋、なにかいる」
そう言って電話が切られた。
一人暮らしのアパートの部屋が急に静かになった。
その後、何度か掛け直してみたが、イイダ君が電話に出ることはなかった。
体育館の物置部屋
明さんは小学六年生の頃、こんな体験をした。
給食後の体育館掃除の最中、皆で床をモップ掛けしていると、突然ステージの二階にある物置部屋からガタガタと物音が聞こえてきた。
体育館の鍵は自分達が開けたので、中には誰もいないはず。好奇心旺盛な明さん達は皆で一緒にステージ横の階段を登り、ドアのガラス越しに部屋の中を覗いてみた。
誰もいない。中には教室机と椅子が一組置かれているだけだった。
「なんかあれ怖いね」
壁には色褪せた防火ポスターが貼ってあり、そこに描いてある男の子が妙にリアルで不気味だった。
掃除終了後、先生にそのことを話すと、今度鍵を開けて中を見せてくれることになった。
翌日、明さん達は先生に連れられて再び体育館の物置部屋に来ると、鍵を開けてもらい中に入った。
しかし、室内には体育用具が詰め込まれているだけで、机も壁のポスターも消えていた。さらに、明さん達が最初にその部屋の前に行った時は、確かにドアガラス越しに中が見えたそうなのだが、先生と行った時はドアにはすりガラスがついていて、中は全く見えなかったのも不思議なのだという。
結婚してはいけない理由
カスミさんは占いが好きで、人生の重要な選択肢はほとんど占いで決めていた。特に恋愛については、気になる男性が現れる度に、その人との相性や将来性を占ってもらい、その結果によって付き合うかどうかを決心するほどであった。
ある日、いつものように行きつけの占い師のもとへ恋愛相談に行った時のことである。アプローチを受けている男性との相性を訊いてみたのだが、意外な答えが返ってきた。
「……残念ですが、その方とはご縁はありません」
いつもはどんな悩みにも、肯定しながら親身になってアドバイスをしてくれるのに、その日はきっぱり諦めろと言われてしまった。
すでにその男性のことは好きになっており、てっきり相性も良いと思っていたというのに。カスミさんは食い下がって理由を問いただすと、占い師から「非常にお話しづらいのですが……」と前置きされた上で、こんなことを言われた。
「正直に言いますと……お二人が結ばれること自体は可能です。ただ、お二人から生まれてくるお子さんが問題なのです。仮にあなた方がご結婚なされて子どもができた場合、非常に残念なことですが、その子は確実に不幸な運命をたどるのです」
予想もしていなかった理由にカスミさんは困惑したが、これまでも具体的なアドバイスは何度も受けてきていたので、適当なことを言われているとも思えなかった。しかし、どうしてもその男性ことを諦めきれないし、結婚もしたい。カスミさんは、なんとか不幸を避ける方法を訊いてみたのだが。
「ありません。無理なのです。強いて言うのなら、お子さんを作らないことですが、それも難しいでしょう」
さらに占い師は続けて。
「訪れる不幸はお子さんだけに留まりません。あなたにも、その方にも、他にも多くの人に影響するのです」
「諦めていただくことが賢明です。他に良い人がきっと見つかりますから」
占い師の懸命な説得の末、最終的にカスミさんはその人と付き合うのを諦めることにした。その占い師を信頼していたということもあるが、何より、その人との間に生まれてくる子どもに、何が起こるのかを具体的に聞いたら、完全に諦める決心がついたのだという。
「……その人との子に何が起こるのかも聞きました。別に重い障がいを持って生まれてくるとか、病気で苦しむとか、そういう不幸ではないのですが、とにかく口に出して話したくもないんです……すみません」
カスミさんは現在、別の男性と結婚をしており、子どもとともに幸せに暮らしている。
喫茶店
上野さんという男性が数年前に、旅先で体験した話である。
有名な観光地を回るよりも、ありふれた地方の町並みをぶらぶらと散策するのが好きな上野さんは、その日も廃れたアーケードを歩きながら、何か面白い店はないか見て回っていた。
しばらく歩いていると、細い路地の中に丁度良い雰囲気の喫茶店があるのを見つけた。近づいてみると店は営業中のようで、微かにコーヒーの匂いが漂っている。上野さんは店に入ってみることにした。
恐る恐る中に入ってみたが、店内に客はおらず、店員の姿も見当たらない。しかし、カウンターやテーブルには飲みかけのコーヒーと菓子がいくつか置かれている。
しばらく待っても誰も来ないので、仕方なく上野さんが店を出ようとすると、背後からガリガリと壁を擦るような音が聞こえてきた。
「すみません勝手に入ってしまって、営業していないのなら帰ります」
奥に向かってそう言ったが、返事は返ってこない。
そそくさと帰ろうとした時、不意にガリガリという音が止んで、店の奥のドアが音も無くゆっくりと開いた。
扉の中はトイレだったが、そこには誰も入っていない。
呆然としていると、今度はひとりでにトイレの水が流れ始めた。
怖くなった上野さんは、急いで店を出たのだが、外に出た瞬間、中から勢いよくドアが閉まる音がした。
関東某所、六年前の出来事。
落とし物
石崎さんという男性から聞いた話。
若い頃、地元で有名な町はずれの心霊トンネルに友人といった時のこと。
見た目は普通のトンネル。白い女の幽霊が出るという噂があったが、いざ行って見るとさほど怖くはない。
とにかく奥まで歩いてみたが、やはり何も起こらない。拍子抜けしていると、突然背後から“キーン”と金属音が響いた。驚いて振り返るが誰もいない。
「女の霊が出たのかもな」
そう言って帰ろうとしたときだった。戻る途中、友人が足元に何か落ちているのを見つけた。拾ってみると、それは写真付きのキーホルダーだった。誰かの家の鍵。写真の人物はかすれて判別できなかった。
怖いから捨てて帰って来た。
募金活動
佐藤さんは数年前、山梨県のとある場所で妙な人物を目撃した。
車を運転していると、道の端に四角い箱を持って、募金活動をしている若い男の人が見える。
「募金お願いしまーす」
見た目は好青年。人の好い佐藤さんは、普段なら車を停めて、いくらか募金してあげるところであった。
ただ、そこが真夜中の深い山道だったので、無視して通り過ぎたのだという。
UFOを見た
青木さんという男性が子どもの頃体験した話である。
ある日、友人と公園で鬼ごっこをして遊んでいると、突然誰かが空を指差して「UFOだ!」と叫んだ。
青木さん達は遊びを中断して、友人の指さした方向を見上げると、確かにUFOのような丸い物体が上空に浮かんでいるのが見えた。それはまるで静止しているかのように、雲一つない空にポツンと光っている。
皆でそれを見上げていると、青木さんはあることに気づいた。
「人の顔じゃない?」
よく見るとそれには目鼻口があり、うっすらと髪の毛もある。皆がそれに気づいて騒ぎ始めると、その顔はスッと一瞬で消えてなくなってしまった。
目と口の大きな無表情の女の顔だった。
フランスにて
Mさんという女性から聞いた話である。
Mさんは日本とフランスの二拠点生活をしており、数年前にアンボワーズという街に訪れた際、そこで妙な人物を見かけた。
昼過ぎに広場を歩いていると、道端のベンチに若い男性が座っているのが見えた。疲れているのか、うつむいたままじっと動かない。
その真横に女が立っている。
女は全身が煤のように黒く、まるで人の形をした影のようだった。それが男性の顔を、鼻がつくほど近くで凝視しているのだが、男性は全く気づいていないようだった。
Mさんは、しばらくその光景を見ていたのだが、不意に言いようのない恐怖を感じ、すぐにその場を去った。
Mさん曰く。
「もしかしたらですけど、その女の人って、殺人事件の被害者なんじゃないかと思ったんです。そう考えたら、逆に男の人の方が怖くなっちゃって……」
Mさんは今年もまたフランスへと旅立つ予定である。
バスケットボール
長崎県に住んでいた佐藤さんという男性から聞いた話。
佐藤さんが中学生の頃、教室で試験を受けている時だった。静まりかえった校内、教室にはカリカリと鉛筆の音だけが響く。
試験開始からしばらく経った時。
ターンッ タンタンタン……
廊下からボールが弾む音が聞こえた。
ドアの近くに座っていた佐藤さんが、廊下を覗きこむと、バスケットボールが一つ落ちているのが見えた。隣のクラスとの丁度真ん中、廊下には誰もいない。その後、先生達が廊下に出て不思議そうにボールを拾って首を傾げていた。
誰がどこから投げて、そしてどこへ消えたのか、結局謎のままだったが、佐藤さんは「音の聞こえ方からして、どう考えても、1組と2組の間の天井から落ちてきたとしか思えない」と不思議に思ったのだという。
混線
麻耶さんという女性から聞いた話である。
平日のある日、コンビニで昼食を買って会社に戻る途中に、車を運転しながらラジオを聴いていると、急にラジオの電波が悪くなった。すると、ザーザーというノイズに紛れて、なぜか幼い男の子の声が聞こえてきた。
「…………たぬき……きつね……ねこ……」
しりとりをしている子どもの声。声は一人分しか聞こえないので、その子が一人で話しているようだった。
(何これ? 何かのCM?)
麻耶さんは不思議に思いながら、その子どものしりとりを聞いていたのだが。
「……こあら……ら………ら……ら…」
『ら い お ん』
子どもの声が急に、低い女の声に変わった。
麻耶さんが驚いて声を上げると、またザーザーというノイズが聞こえ、今度は通常のラジオ放送に戻った。
それ以来、車でラジオは聴かないようにしているのだという。
牧場
雄彦さんは中学生の頃、家の庭で不思議なものを見たことがある。
ある平日の正午、風邪で学校を欠席し一人家で休んでいた時、母の用意した昼食を食べようと台所へ行くと。
(……なんやあれ?)
ふと窓の外を見ると、庭にぷかぷかと何かが浮いて漂っている。よく見るとそれは牛の頭だった。茶色い大きな牛の頭が、ぷかぷかと浮遊しながら雑草を食べている。
(あかん、熱でおかしくなったんかな……)
雄彦さんは昼食を食べると、また布団に入り眠りについた。二時間ほど寝た後、再び庭を見てみたのだが、もうそこにはなにもいなかった。
雄彦さんは、高校を卒業して家を出るまでに、その牛を三回見たのだという。
出なくていい電話
青葉さんという男性が二十代の時の出来事である。
先輩の紹介で、深夜のラブホテルの受付をすることになったのだが「一つだけ約束を守ってくれ」と、あることを告げられた。
「時々誰もいない部屋から電話がかかってくんねんけど、無視してええから」
その時は、先輩が怖がらせるために嘘を言っているのかと思い「そんなんワンコールで出て、逆にビビらしたりますわ」と、冗談を返していた。
アルバイトを始めてから一週間ほどたったある日、業務にも慣れた拓海さんは夜食を食べながら本を読んで過ごしていた。
時刻は深夜二時を回ったころ。
『プルルルルル』
受付の内線が鳴りだした。表示を見ると、掛かってきたのは誰もいないはずの部屋からだった。
(ほんまに来た⁉)
青葉さんは先輩に言った通り、すぐに受話器を取ったそうなのだが……
「めっちゃ気味悪い音がかすかに流れてて、怖くなってすぐ切ってしまいまして、おばけの声やったら逆に怒鳴ったろかって思ってたんですけどね」
「そのバイト一年はやりましたけど、変な電話はそれっきりですわ」
青葉さんの聴いた不気味な音とは「倍速のガラモンソング」だったそうである。
エスカレーター
十年前、遠藤さんという女性が、百貨店に買い物へ行ったときのことである。
婦人服売り場へ行こうと、エスカレーターに乗った遠藤さん。見上げると、何故か上の階が真っ暗になっていた。
(停電? でもエスカレーターは動いているし、下の階は明るい……)
不安になった遠藤さんは、すぐに逆向きに歩いて降りたのだが、あらためて上の階を見てみても、やはり暗くて何も見えない。
いや、暗いというよりも黒い。しかも、上の階がそうなのではなく、エスカレーターが途中から黒い空間に飲み込まれているように見える。
何が起きているのかは分からないが、とにかく店員に尋ねようとその場を離れ、再び戻って来た時には元の明るい店内に戻っていたのである。
後にも先にも、そんな事があったのはそれきりだった。
「あの時気づかずに上の階へ行ってしまっていたら、私はどうなっていたのでしょうか?」
今はその百貨店は閉店して無くなっているそうである。
三途の川
鳶職をやっている野田さんは、こんな体験をしたことがある。
借金返済のため、仕事を掛け持ちしながら働いていた野田さん。
ある日、あまりの疲れに高所から足を踏み外し、4メートルの高さから落下してしまった。
野田さんはすぐに救急車で病院に運ばれたのだが、奇跡的に肩の脱臼だけで済んだのだという。
「ああいう時って、本当に視界がスローモーションになるんですよ」
足場から落ちた瞬間、野田さんはコンマ数秒時間が止まったように感じた。
自分の周りの景色が見渡せる。
ゆっくりと地面が迫ってくる。
俺、死ぬかも……。
しかし、下を見るとなぜか地面がザブザブと波打ちながら流れる川に変わっていた。
(水だ!)
何とか体をくねらせて、頭と腰を守りながら落ちたのだという。
「多分三途の川が見えたのでしょうね」
今も野田さんは鳶をやっている。
視えた人
市川さんが中学三年生の時、修学旅行での出来事である。
帰りの高速道路を走るバスの中、ほとんどのクラスメートが疲れて眠っている中、市川さんは左後部の席で窓から外の景色を見ていた。
やがてバスがトンネルに入り車内が暗くなる。
オレンジ色のライトが何度も通り過ぎるのをぼーっと見ていると。
「車の屋根に人が乗ってる!」
突然前方右側に座る女子の誰かが叫んだ。
それを聞いた同じように右側に座っていた数人の生徒が、外を指差して「本当だ!」と驚いている。
市川さんもそれを見ようと身を乗り出して右車線に目を向けたのだが、すでにその車は走り去ってしまった後だった。
「右側に座っていれば見れたかもしれなかったんですけどね」
その時、四人の生徒が「ガリガリに痩せた女が、赤い軽自動車の上に直立している」のをしっかりと見たのだという。
夜の校舎
千葉県の小学校で働いていた南さん。その当時は小学6年生の担任をしていた。
2月になると、卒業の準備で大忙しになる。その日も、夜遅くまで教室に残って残業をしていたのだが、仕事を片付けて教室の明かりを消して廊下に出ると、校舎は急に静かになったような気がして、早く職員室に戻ろうと階段を下りた。
その途中。
2階に差し掛かったところで、どこからか「ずー、ずー」という音が聞こえてきた。
他の先生がどこかで掃除でもしているのか。しかし、2階は真っ暗で人がいるとは思えない。
面倒だけど、確認しないと……。
南さんは、二階の明かりをつけると、各教室に異常がないか見て回ったのだが、どこにも音を出すようなものはない。
しばらく廊下を歩いていると、その音はどうやら奥の階段の方から聞こえるようだった。
誰かいるのかしら……。
廊下の奥へ来ると、あることに気か付いた。
泣いてる……?
ずーずーという音は、鼻をすする音のようで、何者かが奥の曲がり角の先にいるのだとわかった。
こんな時間に子どもなんかいるわけがない。しかし、もしかしたら本当に家出した子が泣いているのかもしれない。
怖くてしようがないが、教師として確認をしなければならない。
南さんは意を決して角を曲がると。
踊り場の影に小さな女の子がいるのを見た。
年齢は七歳くらいで、やはり鼻をすすりながら泣いている。
顔は見えないが、なぜか確実にこの学校の児童ではないと察したのだという。
どうしよう……。
南さんが動けずにいると、その女の子はピタリと泣き止み、スッと顔を上げた。
あっ……。
少女漫画のキャラクターのように異様に大きな瞳、肌は真っ白で唇は真っ赤だった。
恐怖で固まっている南さんを見たその女の子。
「あ゙あ゙あ゙ぁ」
という声を出すと、一気に階段を上ってきた。
南さんは大声を上げて、振り返らずに来た道を戻って職員室まで逃げてきた。
職員室には数人先生が残っており、尋常ではない南さんを見て、皆が事情を聞くと、すぐに校舎内を確認しに行ってくれた。
しかし、そんな女の子はどこにも見当たらなかった。
翌日、児童も皆無事に登校し、この件についてはうやむやのままに終わったのだという。
「その後すぐ、別の学校に異動になったので、その子については何もはわからないんです」
南さんは、今も別の学校で教師をしている。
タバコのにおい
中学校教員のハシダさんから聞いた話。
ある日の放課後、教室でテストの採点をしていると、どこからかたばこのにおいが漂ってきた。さらに廊下から誰かが走る音もする。
いそいで廊下に出たが誰もいない。
ハシダさんが教室へと戻ると、なぜか教室内がタバコのにおいで充満していた。
一応主任の先生にこのことを報告すると、なぜか「このことは他言しないでほしい」と念を押された。
それから数回同じようなことがあったが、いずれも誰もいない放課後にテストを採点しているときに起こるのだという。
フクシさんという男性が大学生の時の話。
友人2人と酒盛りをしている中、こっくりさんをやろうということになった。
紙と10円玉を用意し、皆で「こっくりさんこっくりさん、おいでください。もしおいでになられましたら合図をください」
と唱えると。
ピンポーン……。
チャイムが鳴った。
玄関へ見に行ったが誰もいない。
「こっくりさんも飲みますか?」
と、友人がふざけて聞くと、10円玉が「はい」に向かって動いた。
それがなぜか面白く、空のグラスに酒を注いであげたのという。
その後、その酒にはだれも手を付けずに皆酔いつぶれて寝てしまった。
翌朝、Fさんが目を覚ますとテーブルの真ん中にその酒のグラスがきれいに真っ二つに割れておかれていたのだという。
訪問者
ユウさんという女性が小学生の時の話。
夏休み、兄と家で宿題をしながら留守番をしていた時、玄関に誰かが来た。
親には「チャイムが鳴っても出なくてよい」といわれていたので無視をしていたのだが、その訪問者は何度もチャイムを鳴らしてくる。
しつこいので兄と2階の窓からこっそり誰が来たのか見てみることにした。
玄関には不気味な女が立っていた。
夏だというのに大きなレインコートを羽織って、ぼさぼさの髪を垂らしてうつむいている。
しかも、手はだらりと下に垂らしているのに、なぜかチャイムが鳴りやまない。
ユウさんたちが恐怖で震えていると、その女は徐々に透明になりやがて消えたのだという。
その女が誰なのか、何をしに来たのか、今でもわからない。
田舎のカフェ
30年ほど前、東北に旅行に行ったカイトさんが体験した話。
彼女と一緒に温泉宿に向かう途中、飲食店を探しながら車を運転していたが、なかなか良い店が見つからない。
あきらめかけていた時、目の前におしゃれな喫茶店が見えたので、駐車場に車を止めて入り口まで行ったカイトさん。
ドア越しに中を覗いてみると、中は満席だった。
10席ほどの店内には様々な年齢の男女が座っており、なぜか全員うつむいている。
異様な雰囲気に驚いてドアを閉めると、入るのはやめて彼女を連れ宿に向かった。
帰りにその店に寄ってみると、普通に営業しており店長も気さくな人だった。
前日は駐車場に車は無く、店内は無音で誰も食事をしていなかった。
今でもあの人たちは何だったのか不思議なのだという。